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国際通りの文化
国際通りは現在は店や観光客が一杯でとてもにぎわっていますが、戦前は畑の中に細い田舎道が一本あり、ちらほらと民家が立ち並ぶただの田舎でした。
1944年10月10日、沖縄戦の5次に渡る大空襲(十・十空襲)により、那覇市の民家ほとんどが焼けてしまいました。1945年11月、今までの市街地が米軍により無条件に差し押さえられ、行き場をなくした日本人が、市街地の外れにあった今の国際通りの土地へ集まってきたのです。
男達は命をつなぐ為、食料、毛布、薬やタバコなど、手当たり次第アメリカ軍の物資を盗みました。(戦果という)女達は戦果を行う男達を助ける為、自らの身体を使ってアメリカ軍を誘惑したのです。(体当たりという)
これは戦後、何も無い土地で暮らす為、生き延びるには仕方の無いことだったのです。
そして男たちの戦果で手にした物資が闇市等で出回り、その後、約1.5キロの何も無かったこの土地が奇跡的に大繁華街と姿を変えたのです。
これが「奇跡の1マイル」と言われる、国際通りの始まりです。

国際通りの名前の由来は1948年、戦後この土地に「アーニーパイル国際劇場」という劇場が作られ、この劇場がとても有名になり「アーニーパイル国際劇場のある通り」→「国際通り」と呼ばれるようになったと言われています。
アーニーパイルとは、沖縄戦に参加した従軍記者の名前で、1945年4月18日に伊江島で日本軍に狙撃され戦死しました。民衆、兵士に支持され、とても親しまれていた彼は戦後一種のブームとなったほどです。
ちなみにこの「アーニーパイル国際劇場」ですが、現在は存在しません。
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